なぜ書いたのか。

2015年。

BELGANALを私は産みました。

明確な信念を持ち、育てて参りました。

 

映画を見るように気軽に演劇に触れてほしい。

 

「演劇を観る」を経験されたことの無い方々にも楽しんでもらえる舞台作品を届けたい。

 

そこから

【少し大人の上質な演劇】をコンセプトに掲げました。

 

その後、確かな自信を持って、上質なスタッフを選出し、上質な俳優陣をキャスティングして参りました。

私も役者として過去三作品全てに出演しました。

恵まれてました。

このまま、自分はプロデューサー兼俳優として、BELGANALと共に歩んでいく。

そういう選択肢もありました。

が、しかし。

2017年12月のBELGANAL3rd.『蛇を産む』以来、ある1つの思いが芽生えました。

 

ちゃんと背負ってるか?

 

BELGANALを命懸けで産み、大切に育ててきたつもりでしたが、我が子の評価が自分の思うところから外れると、誰かのせいにしている自分に気付いたのです。

 

私は精一杯やった。自分も至らなかったけど、致し方なかった。私は悪くない。

 

我が子のことなのに。

 

それは、BELGANALに対しても、BELGANALを一緒に育ててくれたスタッフ・キャスト、そしてお客様に対してもとてつもなく失礼な事だと思いました。

 

書きたい。

今、私の信じるBELGANALを皆様に届けたい。私の想いを形にしたい。

 

私の出した結論は、

 

次の作品は私が脚本を書く。

 

でした。

 

大変でした。

ここまで書けないか….。やはり私如きが脚本なんて….。

 

地震が起きて本番会場のスタジオが崩壊しないか。身内が重病にならないか。はたまた自分が重い病にかからないか。

どうしたら公演をキャンセル出来るのか。

普段では想像すらしない不謹慎な考えが、何度も浮かびました。

 

そんな時、私を救ってくれたのは、他でもないBELGANAL『gokko』のキャスト陣でした。

目の前に置かれた危うい脚本に真摯に向き合い、時には終電近くまで付き合ってくれました。

不安だったと思います。

不安しかなかったと思います。

でも、いつも「楽しみに脚本待ってまーす」「リンダさん頑張れー」と私を待ち続けてくれました。

 

今回、演出をお願いした三浦佑介にも、連日「書けない、辛い、もうイヤだ。なんで書けないの?全然(書いてる脚本が)可愛くない。」

そんな衝動を吐露してました。

撮影準備真っ只中の映画監督に、「とにかく読んで欲しい。アドバイス欲しい」と、相手の迷惑を考えず、LINEしまくりました。

藁にも縋る、とは、まさにこの事だと思いました。

 

ただ、彼らは藁ではありませんでした。

 

私が伸ばした手を力強く握り返し、ヒョイっと崖からすくい上げてくれました。

 

物語の全体構造やキャラクター同士の関係性。

事細かに分析にし、考察し、どうしたら私が書きたい物語をかけるか、導いてくれました。

 

こうして私は沢山の人の力を借り、多大な迷惑をかけ、ついに、

 

「私はこれが書きたかったんだ」

 

そう言える脚本を書くことが出来ました。

 

今、胸を張って言います。

 

『gokko』を観てほしい。

 

ミネオショウ、川島信義、高橋恭子の躍動を観て欲しい。

 

三浦佑介の演出を観て欲しい。

 

私は、『gokko』に、今私が面白いと思う物語、今伝えたい想いを全て詰め込みました。

5月18日。

渋谷宮益坂十間スタジオにて、

BELGANAL 4th.『gokko』

開幕致します。

 

どうかどうか、観に来て頂きたいです。